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29 敵陣

Auteur: 内藤晴人
last update Dernière mise à jour: 2025-06-28 18:30:00

 おそるおそる、アウロラは顔を上げ目を開ける。

 敵陣から身を乗り出しこちらを見ているのは他でもない、光神の弟カイ・ベルグだった。

 ほっとしたのもつかの間、だが今は敵対する相手である。

 表情を引き締めると、アウロラは姿勢を正しカイに向き直った。

「我が主、闇の神の使いとして参りました。何卒、総大将にお目通りを」

 その言葉を受けて、カイは困ったように頭をかき回す。

 が、やがて諦めたかのような表情を浮かべると、背後の兵に何やら命令する。

 そして改めてアウロラに告げた。

「お目通りも何も、俺が兄者の代理としてこの軍の全権を預かっている」

 つまりはカイが総大将と言うわけだ。

「では、主から書状を預かって参りました。こちらを……」

「……わかった。そちらから入ってこられるといい」

 一つ会釈を返すと、アウロラは使者の証である薄藍の布を漆黒のマントの上から羽織り歩を進める。

 そしてついに衆人環視の中、ただ一人で敵陣の最奥へと足を踏み入れた。

 どこか困ったように立ち尽くすカイの前でひざまずくと、アウロラは胸元から書状を取り出し、うやうやしく差し出した。

「主の本意は、すべてこちらに記されております。どうか……」

 しかつめらしい表情で書状を受け取ると、カイはすぐさま開き注意深く目を通す。

 そして最後の署名まで読み終えるなり、深々とため息をついた。

「事の仔細はわかった。俺も大方そうじゃないかとは思っていた」

 言いながらカイは書状の内容をアウロラにかいつまんで説明した。

 曰く、闇の神にして王となったのは、まったくの想定外であったこと。

 だからといって光を制しようなどという二心など誓って無いとのことである。

「ベヌス殿は、生粋の武人だ。もし思うところがあれば、あんなまどろっこしいことなどせずに問答無用でこちらへ攻め
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